
「おごれる人も久しからず」と歌う「祇園精舎」の無常観は、片時も消えぬ主調低音となって『平家物語』全編を流れ続けている。一代の栄華を極めた平清盛は、稀有の熱病にかかって「あつち死に」に絶命する。勇猛な武将として怒濤の如く京に攻めよせ、平家を西海に追いやった木曽義仲も、正しく久しからず、同族範頼、義経の軍に亡ぼされる。その義経もまた兄頼朝に背かれて陸奥に逃げ去る。そして清盛の曾孫、六代が殺されて平家は断絶する。
この壮大な無常のドラマの中でも「木曽最期」と「大原御幸」「六道之沙汰」とはひときわ光彩を放つ部分である。戦場という極度に非人間的な場にありながら、主従の関係をはるかに超える深い友情の絆に結ばれた義仲と兼平の一挙手一投足が、まざまざと眼に浮かぶように完璧な緊迫感をもって語られる「木曽最期」。
平家の台頭から没落まですべてを見知った後白河法皇が、平清盛の娘に生まれ、この世の栄華の全てと、あらゆる惨めさとを経験した建礼門院を大原の寂光院に訪れるという「大原御幸」「六道之沙汰」は、人の全ての行いは無常であるというテーマを際立てて、『平家物語』全編をしめくくる。
この二つの名場面を、麗裸、木部与巴仁、生まれた土地も、語りの質も異なる語り手がその全重量をのせて、全く独自な語り口で口演する。大平清の奏でるウードの華麗な音色に彩られつつ、あくまでも新しく、それでいてどこかに古い伝統のにおいのする『平家』語りの世界を目のあたりにしていただきたい。
〜チラシより〜
《出演者プロフィール》
[朗読]
木部与巴仁〜Kibe Yohani〜
1958年愛媛県生まれ。声と身体、詩と音楽について考察、さまざまな場において実践する。学生時代から演劇活動にかかわり、舞台に『独り芝居「東海道四谷怪談」』などがある。また、ビデオによる映像作品も製作。現在の主な活動は詩と音楽のかかわりを追求することで、その実践の場である「トロッタの会」には、作曲家・演奏家が集い、歌曲、朗読を含む曲、器楽曲をまじえて作品を発表している。作品に『新宿に安土城が建つ』、『サイレンシティ』、『ひよどりが見たもの』、『天の川』などがある。
[ウード演奏]
大平 清〜Ohira Kiyoshi〜
島根県生まれ。サズ演奏家。トルコ中央アジア文化センターサズ教室講師。トルコの代表的な弦楽器サズの演奏法を学ぶためにトルコに渡り、イスタンブールのサズ奏者、ムスタファ・ギュヴェン氏などに学ぶ。サズの他に日本を代表するウード演奏家常味裕司氏にウードを師事。ウードの演奏法とアラブ、トルコの古典音楽を学ぶ。主な活動に、大使館などのコンサートでの演奏、百貨店での演奏、大学での授業、NHKラジオなどへのゲスト出演、ベリーダンサーとの共演、彫刻家とのコラボレーションなどがある。
※ウードについてはページ下部に記載
[朗読]
松崎好男〜Matsuzaki Yoshio〜
(麗裸〜rera〜)
鎌倉・横浜馬車道を中心に朗読ライブ活動を行う風狂の朗読者。朗読を音楽ととらえ、ギター、横笛、琵琶、ネイティブアメリカンフルートなど様々な演奏家と数多くのセッションを経験してきた。特に『平家物語』の「木曽最期」や、芥川龍之介の「奉教人の死」などでは、現代の「語りもの」の創造をめざし、新たな「語り」の形を追求している。
《ウードについて》
ウードはトルコや東西アラブ諸国などで演奏されている短い棹の撥弦楽器であり、六世紀頃、現在のイランにあたるペルシアで生まれ、東の中国や日本には琵琶として、中東地域にはウードとして拡がっていったようだ。また中世のヨーロッパでは棹にフレットが張られてリュートに形を変え、欧州各国に広がっていった。ウードはフレットが無く、西洋音階では出せない微分音(半音の半音など)を出すことができ、そういった音階を使う独特の音楽理論「マカーム(旋法)」が発達した。アラベスク模様を連想させる瞑想的で神秘的な響きを創り出すのにも活躍する。